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「わかってくれない」原因は本当に“他者理解”不足か

「ちゃんと説明しても、わかってくれない」「相手がもう少し理解してくれたら、この問題は起きないのに」
職場や学校でも、家庭でも、社会の中でも、問題が起こると私たちは“他者理解”を求めることがありますよね。
わたしも相手に「なーんでこれくらいのことわからないんだろう…」と思った経験が何度もあります。
わかってもらえない苦しさは確かに存在します。でも、本当にその原因は“相手の理解不足”なのでしょうか。
もし相手が理解してくれたら、問題は終わるのでしょうか。それとも、形を変えてまた同じ違和感が立ち上がるのでしょうか。
今回は、“他者理解”をしないで問題を解決したわたしの経験から、“他者理解”を否定せず、それが“問題の本質”なのかどうかを考えていきましょう。
あなたが「わかってくれない」問題を抱えているなら、その苦しみが少し晴れるかもしれません。
目次
“他者理解”さえしてくれたら「わかってくれる」のか
相手との間に問題が起きたとき、その問題解決の本質は相手に“他者理解”を求めることよりも、相手がわかってくれさえすれば問題が解決すると思い込んでいる思考に向き合うことだと考えています。
- 一生懸命に働いても正当に評価されていないと感じる
- 「気にし過ぎだよ」としんどさを合理性で片づけられた
- 気づいた人がやるはずが、結局いつも自分がやっていて損な役回りをしている
こんな状況では、相手につい「わかってほしい」と思うことでしょう。
しかし、自分のしんどさに気づいてもらうことで、最短で問題が解決するかと思いきや、一時的には効果があったとしても実はそれが対処療法でしかない可能性があるのです。
とはいえ、しんどさがあれば理解を求めたくなるのは当然。
ただ、そのときはわかってくれたとしても、「わかっただけ」になっているかも。
なぜなら、年末に放送されていた「M-1グランプリ」を観ていたとき、わたしは“他者理解”を求められる側だったのにもかかわらず、“他者理解”をせずに問題解決できたからです。
「え、どういうこと!?」と思ったあなた、ぜひ続きをご覧ください。
“他者理解”せず「努力しない天才」への違和感を解消
「努力せずに成果を出す人」へのイライラを、“他者理解”せずに解消することができました。
努力をせずに成功する人が許せないわたしに気づいたのは、毎年年末にテレビで放送される「M-1グランプリ」を視聴していたことがきっかけです。
さらに、努力せずに成果を出す人が嫌いだったことに気づいたわたしは、相手が努力しているかどうかを認識せずに、心の防衛反応である「投影」を解くことで嫌いだという気持ちを解消しました。
この問題の経緯と、原因である「投影」について解説していきます。
M-1を観て突然現れた天才に「投影」していたわたし
結論から言うと、「M-1グランプリ」に出演していた漫才コンビ「エバース」がなんかずっと嫌でした。二人の見た目や態度がどうのこうのではありません。どうしても「彗星の如く現れた天才」感が癪でした。
M-1グランプリとは
日本一の漫才師を決める大会「M-1グランプリ」。優勝すれば、翌年1年はテレビにライブに大忙しになることは間違いないくらい権威ある大会のため、漫才師たちがこぞって参加しています。
最初にエバースを知ったのは、2024年のM-1ファイナリスト9組に選ばれたときでした。それまでは本当に、見たことも聞いたこともありません。
彼らに対するわたしの知識は、そのレベルだと知っておいてください。ここがすごく重要。
たしかその発表の後、M-1の決勝が始まるまでの間に、すでに同年に行われた別の賞レースで大賞を獲っているという情報を知りました。
加えて、わたしの身近な人がエバースのファンであることを公言していたので、M-1決勝が始まる直前になって実力と人気がある人たちだということを認知します。
エバースに関する良い情報が重なることで、わたしの中で一気にある憶測がわき上がっていきます。
「このまま優勝しちゃうのでは…?」
前評判が良いと、周りが期待して持ち上げて、苦労なく優勝させようとする雰囲気になりそう…。そんなことを思うと、なんだかずっとモヤモヤ。
結局2024年は優勝を逃すという結果でしたが、わたしはなぜかホッとしておりました。
しかし、ここで問題は終わりません。
M-1決勝当日に、お茶の間でエバースを初めて知る人だって多かったことでしょう。そんな彗星の如く現れたエバースが、2024年のM-1は大健闘して4位。
ファンの方々はよくご存じでしょうが、当日披露したネタの評判も良く、その後早くも「次の優勝候補」だと噂される始末(←始末)。
ここで、わたしはまた思いました。
「今度こそ本当に優勝しちゃうのでは…?」
迎えた2025年M-1グランプリ。その噂通り、当然周りの期待値は高かったと思います。
わたしは準決勝から見ていたのですが、エバースの決勝進出が発表されたとき、「審査員は本当にネタで評価しているの? 期待感に飲まれて過大評価していない?」と恥ずかしい評論を心で勝手にしていました。
実績も何もない一般視聴者のお笑い評論、見てられません。
最初に決勝で見たときはただモヤモヤするだけだったのですが、2回目のM-1決勝当日、ファーストラウンド1位通過が決まり、なぜかわたしの中で「(ヤバい、優勝しちゃう…)」とどんどん焦りがわき上がってくることで、ようやく違和感に気づいたのです。
「(これってなんか変じゃない…? まるで優勝してほしくないみたいな…。え、優勝してほしくない? わたしってエバースに優勝してほしくないの? うわ、そうかも…)」と自分でもびっくりしたことを覚えています。
そこでようやく、わたしはエバースに「投影」していると気づきました。
投影とは
投影とは、自分の不都合な部分を、相手のものだと思い込む心の防衛反応のことです。
つまり、彗星の如く現れてなんの努力もせず、才能でのし上がってくる(とわたしが思い込んでいる)エバースにモヤモヤしていたのは、わたしの過去に起きた不都合な状況をその彼らに重ねて投影を起こしていた可能性が高いです。
投影の他の事例や詳しい解説については、以下のページを参照されてください。
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相手に対して、「努力せず認められてはならない!」と言いたいならば、わたしがわたしに「努力せず認められてはならない!」と言いたいということです。
つまり、そうやって言い聞かせなければならないほど、本当はわたしは努力せず認められたいと思っていることになるのです。
原因はわたしの“他者理解”不足ではなかった
わたしが投影をしている前提で考えた場合、この問題の原因はわたしの“他者理解”不足ではありません。原因は、努力せず成果を得てはいけないと思い込んでいるわたしの思考になります。
相手や自分に「努力せず認められてはならない!」と言いたいならば、そうやって言い聞かせなければならないくらい、自分は過去努力しないと認められてこなかったということです。
ひも解いていくと、小さな負けをわたしはいくつも経験していたことを思い出しました。
わたしの小さな負けの経験例
- 決まっていたルールで練習してきたスポーツの試合で、当日にルールが突然変更され対応できず、大敗して大泣き
- 突然入塾してきた年下に、どんどん成績が追い付かれる恐怖
- 同じグループだと思っていた友達が、クラスの一軍女子に気に入られ楽しそうにしてて、わたしは置いて行かれて喪失感
挙げだしたらキリないですね、これ。
突然何かを奪われる経験をし続けてきた過去のわたしが、「このままではいけない」「努力しなければ幸せになれないんだぞ」「ありのままで認められるわけがないんだから」と言い聞かせてきます。
人気実力がすでにある上で突如現れたM-1でのエバースにそれを投影し、「このままではいけない」「努力しなければ幸せになれないんだぞ」「ありのままで認められるわけがないんだから」と幼い自分が大暴れしていたのです。
ではなぜ、わたしはこの小さな負けに強烈にこだわっていたのでしょう?
負けているからといって、わたしの価値は損なわれません。スポーツの大会で大敗しても、年下より成績が悪くなっても、同じグループの友達がわたしを置き去りにしても、わたしには何にも関係がないはずなのです。
過去のわたしと親との関係がどう現実に影響したのかは、以下のページで詳しくご紹介しております。
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たとえわたしが負けて努力が無駄になったとしても、わたしは存在していいはずです。しかし、負けているときに親に認められていないと、負けているわたしに価値はないんだと学習していきます。
そのような条件付きの愛でしか成長してこなかった場合、大人になったとしてもわたしは何か成果を出さなければ・何か良い評価が得られなければ存在してはならない、認められない、褒められない、という意識を持って同じように現実を見るようになります。
その現実のとらえ方の一つが「投影」という認知バイアスです。負けたら愛されないという学習をしていたら、何が何でも勝たなければ生きている価値がないと考えます。
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わたしは人より優れている部分はもちろんほぼありませんから、努力をしていくしか勝つ道がありません。だからこそ、何も努力せず自分より有利な場所で成果を出す人がとんでもなく許せないのです。
そんなことしてはいけない、と過去の自分が騒ぐから。
「今すぐ努力しろ」「勝手なところで評価を受けるな」「同じ土俵で正々堂々闘わなければならない」などと思っているならば、本当の本当のわたしは、そんな努力をしなくても、楽に認められたいと思っているということです。
本当は全然頑張りたくありません。わたしの変なところを変なままで認められたいです。普通の人と比べず、普通の人のフリなんかしないで、そのままのわたしが一番素敵だと言われたかったのでしょう。
しかし、過去の自分はそれが許されなかったからこそ、わたしは投影を無意識に使いこなして、そのときそのときを努力で乗り切ろうとしてきました。
努力しなければ認められてはいけない、と思い込んでいるならば、その逆にあたる「努力せずに相手に認められる状況」を自分に許すと自然と投影が解消されていきます。
だからこそ、「努力しない天才」を前にしてモヤモヤする問題の本質は“他者理解”不足ではないのです。これに気づいて、何も努力しなくても評価されなくてもわたしは存在していい、と改めて自分を許すことにしました。
実はわたしは今、「罪悪感を持たない」ことを目標に生活しています。努力せず成果を得ていい、は「罪悪感を持たない」ことに直結するので併せて許していこうと思います。
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大前提、わたしはエバースのことを未だによく知りません。(ツッコミの方がヤバい、という薄い情報だけはSNSで回ってきます)
だからこそ、「本人たちのことよく知らないから癪なのでは?」と思われるかもしれません。ちゃんとよく調べてから物言えよ、と思われても仕方ないです。お前はエバースのことを、何も「わかってない」!←!!
しかし、もしここで「努力してないじゃん!」という言い分に「いや努力してっから!」の反論として、彼らが陰で努力している姿をわたしが目の当たりにし“他者理解”できたとしても、それは問題の本質ではありません。
なぜなら、投影を解消しない限り「努力しなければ認められてはいけない」をベースにして現実を見続けているため、たとえ「あぁ努力しているんだなぁ」と一時的に溜飲が下がったとしても、また相手を変えて状況を変えて同じことを繰り返すからです。
努力しているかどうかが問題ではありません。わたしの人生に突如天才が現れる度、同じ問題が起きます。終わらない。
実際に努力を経験していなさそうな芸人が突然現れて優勝してまったら、「あのネタの○○がダメ」とか「優勝してテレビに出る態度じゃない」とか、全然どうでもいいことをSNSに書きなぐるネットのヤバい人に成り下がることでしょう(予言)。
だからこそ、この問題の本質は相手を理解することではなく、努力しなくてもいい自分を許すことだと考えています。そうすることで、どんな天才が何度現れたとしても、過去の傷ついた自分が躍り出ていちいち暴れることなく落ち着いていくことでしょう。
もうわたしは、エバースの優勝にだいぶ不安がありません。「スベってくれ」と祈りながらM-1観るのは楽しくないよ。優勝しても、もう大丈夫。
生理痛の辛さを「わかってくれない」のは相手の“他者理解”不足か
さて、ここからはもう一歩踏み込んで、「わかってくれない」のは相手の“他者理解”不足かどうかに触れていきます。今回は、生理痛の辛さを理解してもらう取り組みとして行われている生理痛体験をベースにしていきましょう。
世界はどうやら、生理痛体験ができるようになったらしいです。すごい世の中。
この取り組みが生まれる背景には、実際多くの人が「わかってもらえない」苦しさを抱えてきた現実があると思います。
わたしの浅い理解ですが、生理痛体験を促す取り組みは、つまり女性の辛さを「わかってほしい」から。理解が広まることで、より生きやすさ・暮らしやすさ・働きやすさが増していくのだろうと思います。
しかし、ここまで読んでくれたあなたは察しがつくかもしれませんが、相手へ“他者理解”を促すことが問題の本質ではないとわたしは考えています。
一方で、むしろ「わかってくれない」と言われる側だったわたしは、先述したように“他者理解”なしに問題の原因を取り除くことができました。詳しく解説していきます。
“他者理解”を前提にした生理痛体験への違和感
もともとわたしは、生理痛を理解できない人に生理痛体験をしてもらう、という“他者理解”を相手に促すことが本当に今起きている問題の本質なのだろうか、と違和感がありました。
東京都は条例で、企業に女性特有の健康課題への対応を求めるようなのですが、その取組みの具体例として「男性管理職を対象とした生理痛体験会」があるそうです。
「見えない痛み」を可視化できるし、相手の痛みを知ることで働きづらさへの理解が深まります。
個人差があるんだという認識が広まると、物事を思い込みで決めつけなくなる姿勢が身に付きますし、他の問題にも良い影響がありそうですよね。
一方で、“他者理解”が本当にこの問題の本質なのだろうか、とわたしは悶々としておりました。
先ほど触れたように、彗星の如く現れた実績のある漫才師への投影体験を経て、わたしは「“他者理解”って別に絶対必要じゃないんだな」と理解するようになります。
そこから、この生理痛体験も元は「わかってほしい」という“他者理解”を求めるものでは…と認識し直せたとき、わたしの悶々とする気持ちの正体ってこれだったんじゃないかと気づいたのです。
相手が“他者理解”したところで同じ問題を繰り返す理由
投影を起こしている場合、相手が“他者理解”したところで、また別の形で同じ問題が繰り返されるだろうと考えられます。
投影において、相手に言いたいことは、自分に言いたいこと。「わかってくれない」を投影視点で見た場合、相手に「わかってよ!」と言いたいということは、つまり自分に「わかってよ!」と言いたいということ。それくらい本人は、自分を無視しているのです。
本当の本当は、自分で自分を見てほしいと思っている…それなのにそれをしたくないから、他人にその見てほしい・わかってほしいを投影しているのではないか、とわたしは考えています。
自分と向き合うことから目を逸らし続けているからこそ、本当の自分が望んでいる”自己理解”を相手に投影している気がします。
本当は自分のことなんか見たくない、自分のことなんかわかりたくない。相手が自分を助けるべき。自分で自分を助けても意味がない。相手に注目されたい。などなど、自分を無視したい意図が人によって異なるでしょう。
もしその場合、自分を無視することでメリットが得られた経験が過去に必ずあるはずです。それを突き止めて、自分で自分を助けても自分は幸せになれる、相手に助けられなくても自分の幸福には関係ない、と心底理解するとその投影の役目は終わり問題が解消するでしょう。
先述した通り、彗星の如く現れた天才にムカついていたわたしは、「わかってほしい」と言われる側であったにもかかわらず、“他者理解”せずに「努力しなくても認められていい」と自分や相手を許し、相手に攻撃的な目を向ける必要がなくなりました。
だからこそ、“他者理解”はあくまでも一時的な対処療法として効果を発揮しますが、この問題の解決に必要かと言えば案外そうでもないかもしれません。
投影を解くのは自分ではなく相手では?
ここからは全然読み飛ばしていただいて構わないのですが、もし「いやいや、さっきのM-1の話で言うなら、投影を解くのはむしろ相手でしょう。相手がこっちに余計な投影を起こしているから、わかってくれないんじゃないの」と思われるなら、実はそれ自体もあなたの投影かも、とお伝えしたいです。
「なんでこっちが、いつもいつも頑張らなきゃなんないの」と辛く感じるかもしれません。お気持ちはよくわかります。
ちょっと説明が難しいんですけど、相手にとってあなたの訴えに何らかの価値(安心、賞賛、悲しみ、絶望、憎しみ…)を感じていたらそれは投影っぽいですが、もしその事象を空気と同じように認識されている場合、それは相手の中でそもそも意識として立ち上がらなさそうじゃないですか?
投影は、自分が認識している事象に対して自分が「問題だ」などと判断している状態自体を指します。
相手のその振る舞いに対して「相手が投影している! 相手が投影を解くべきだ!」と判断しているのはあなたですよね。つまり、それも結局あなたの投影(=相手に言いたいことは自分に言いたいこと)なので、相手の投影は実は関係ないと思っています。
仮に、相手から「お前が憎い」と言われたとしても、あなたがその言葉を強烈に受け取っているだけで、実はあなたが思っているような憎しみは相手になく、本人にとって些細なことレベルで認識されていて、明日には忘れているかもしれません。
「あなた、問題を繰り返してますよ?」と相手に伝えても、本人がそれを問題だと思っていなかったら、「え? なんのこと?」と思われて投影していることにはならない、みたいなイメージですかね。
当ブログの中で、他人への相談に勝手に答える記事をいくつか書いているのですが、これらもわたしが「この人は投影していそうだな」とわたしが判断しているにすぎません。
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つまり、わたしがこの相談者に対して「投影している」と判断しなかったら、わたしが見ている世界ではこの相談者は投影していないことになるのです。わたしがそうだと認識したから、そう見えているだけなのです。
せっかく自分でこの記事書いているのに、こんなこと言う必要ないんですけど、事実わたしの投影の理解はこれなので仕方ないです…ハイ(正直)。
本人にとって問題が起きていなければ、投影は解く必要がありません。そもそも実際に投影が起きていたとしても、本人がそれを問題として意識しなければ、空気のように通り過ぎてしまうからとっかかりがありません。
いずれにせよ「都合の悪い投影を相手が起こしている」と思うなら、それを良くないことだと認識しているのはあなたです。それ自体もあなたの投影なので、投影を解くとしたらあなたになります。おもしろいですよねえ。
まとめ『「投影」を解くために』
ここまでが、『「わかってくれない」原因は本当に“他者理解”不足か』でした。最後までありがとうございます。
投影を解くこと自体、個別の問題をひとつずつ対処するというよりも、問題が生まれ続ける前提そのものをひっくり返せる側面の方が大きいと考えています。
「頑張らなくてもいい世界」「相手に理解されなくても大丈夫な世界」があることに気づけないと、そのチャンスがせっかく目の前にあっても、勘違いだと無視したり、視界に全然映らなかったりするためなかなか問題が解決しません。
そんな都合がいいことあるわけない、運がいい人だけ、などと無意識に却下してしまうともったいないです。
これは余談ですが、わたしは生理痛が毎回激重です。普通にしんどい。そんなわたしでも、あまり「わかってほしい」とは思っていません。わたしの体はわたしが見たいし、わたしが誰よりもわたしを理解したい欲求があるせいかも。
たとえばその反論として、「フリーランスでリモートワークだからでしょう」や「理解ある人たちがたまたまいるだけ」などが挙げられると思います。
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「なぜなら○○だから」「その理由は××」とその状況になっているのはなぜかを繰り返し自分に問い続けることで、本当の本当の原因にたどり着き投影が解消できると思います。
しかし、言うのは簡単。慣れないうちは本当に大変です。いくら「これは投影だから」と思っていたとしても、そうじゃなく思える現実にわたしは何度も打ちのめされそうでした。
どう考えても相手が悪いと思って、何度も何度も同じ問題を繰り返してしまう…。
でも根気よく「なぜ自分は相手にわかってもらいたいと思っているのか」に向き合い続けると必ず原因に気づけます。
わたしは過去、他人が会社で部下を叱責している姿を見てムカついていた問題を、投影視点で解決したことがあります。
でも投影を信じ切れなかった頃は、ずっと相手が悪いと信じていたのです。それでも、わたしは相手を変えようとせず投影を解くことで問題を解決へ導きました。
この続きは、以下のページでしっかりご紹介しております。投影の解き方も併せて解説しておりますので、「わかってくれない」悩みを抱えるあなたにぜひ読んでほしいと思います。
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